憂愁ミッドナイト

眠れない夜に

選択式リレーションシップ

ある作品を好きになって、同じ作品を愛する友達を作りたいと思った。そこで、ツイッターの#〇〇が好きな人と繋がりたいというハッシュタグを見ていた。

 

ハッシュタグがついたたくさんのツイートを見ていくと、案外探している友人像の条件に当てはまる人が少ないことに気がつく。この人は年齢が離れすぎているとか、この人は住んでいる場所が遠いとか。

 

そこでハッとする。私は、人のことを選別している。これはマッチングアプリの仕組みと一緒だ。

 

よく人が「あの子は可愛いから付き合える」とか「〇〇はブスだから〜〜できない」といったことを言っているのを聞くと、さもしいなと思う。なぜそう思うのかと思うと、やはり自分が「選ぶ側」であると無意識に思っている傲慢さが鼻につくのだろう。しかし、皆口には出さずとも心の内でそういった感覚を持っているのではないか。

 

こういったテーマを鋭く描いたのが辻村深月氏の『傲慢と善良』である。正直にいうと、本作の結末は私が思っていたような展開ではなく思うところも少しあったのだが、人を無意識に選別する現代人の「傲慢さ」についてここまでフォーカスした作品は他にないのではと思う。

 

確かに、自分を雑に扱う人や嫌なことを言ってくる人と距離を置くのは大切なことだ。無駄なトラブルを回避し、気が合う友人とだけ付き合えるといった面では、中高時代の窮屈な人間関係に比べ大学に入ってからは比較的自由な交友関係を築くことができた。

 

ただ、そういった自由な環境下だからこそ自分の人との関わり方が「選別」になっていないかは、意識しなければいけないなと思う。自分のことをいいと思ってくれる人を、雑に扱ったり切り捨てたりするような人間にはならないように意識しながら生きていきたい。

一人で棲む

20代半ば、人生で初めて一人暮らしを始めた。

 

自分の城を築き上げていくということは、本当に楽しい。誰にも口出しされない、私だけの世界。

 

淋しくて堪らない夜もあるが、今のところ何とか一人住まいを謳歌している。

 

自分のまわりを自分の好きなものだけで埋め尽くすということは、自分を大切にするということと同義だと思う。

 

実家の、いわば備品のようなものとは違う。自分が使うもの、自分を構成するものは自分で決めたい。

 

淋しさや犠牲と引き換えに「本物の自由」を手に入れることができたような気がする。好きな時間に一人でお気に入りの銭湯に行く自由は何にも代え難い。

 

しばらくは新居のインテリアや雑貨選びを楽しもうと思う。

桜に恋焦がれる

自分のような、入社までのイベントを終えてしまった社会人にとって春は特別な季節ではない。むしろ、もう4月1日に胸を膨らませることのない年齢になってしまったのだなと憂鬱になる季節である。あとかなり重度の花粉症を拗らせているのでシンプルにこの季節は生きづらい。

 

それでも、桜を見ることは好きだ。

わざわざ週末に中目黒に行って苺のシャンパンとともに桜の写真を撮るほどの熱量はないが。

 

桜を見ると、きっと平安時代の人も、江戸時代の人も、同じように桜が散ってしまうのが寂しいと感じたのだろうな、と思う。歴史上に名を残した人物たちがそう思っていたということは、おそらくその何十倍、何百倍の人が桜を見て物思いに耽ったことだろう。

そう思うと、いくら今の日本の行先が明るくなく、泥舟に乗っているような現状だったとしても、桜が咲く国に生まれてよかったと思ってしまう。

 

薔薇を見て美しいと思うことはあっても、中世の貴族が薔薇が枯れるのを悲しいと思っただろうな、などと考えることはない。そんなふうに考えるのは桜を見た時だけだ。そして、そう考えるときに自分も日本人なのだなあ、と再認識する。

 

ちなみに、こんなに桜について語っているが、一番好きな花は彼岸花だ。冬を予感させるようなひんやりとした空気の中、血を連想させるような鮮明な赤で染め上げられた彼岸花が咲いているのを見ると、堪らなく切ない気持ちになる。

 

今年はどんな一年になるだろう。人生であと何回、桜が見られるのかな。人生で最後に桜を見るとき、私は幸せだろうか。

タイムマシンがあっても

もしタイムマシンがあったら、人生のどの場所に戻るだろうか。

 

人生の分岐点という意味で言えば、確実に大学入学の時だろうなと思う。案外、就職ではそこまで人生が大きく変わらなかった。どちらかというと、高校時代までの自分に戻ったような感じだった。

 

大学入学の春、上京して人生が一変した。具体的に言うと、志望大学に合格し期待に胸を膨らませたが、ロクに友達ができずひたすら何もしない時間が増え、大学に行くのさえ億劫になり落単し、留年、鬱病を発症して軽い引きこもりになった。果物は実るのに時間がかかるが腐るのは早い。人間も同じだ。

 

 

友達ができなかった敗因として、サークルに所属しなかったという言い訳がある。サークルに所属していなかったことを明かすと、多くの人はなんで?入ればよかったのに、と言ってくる。たしかに入ればよかったなとは思うが、人生をやり直したとしても自分はサークルに入らないだろうなとも思う。

 

サークルに入らなかった理由として、入学当時は斜に構えてて浮かれて髪を染める量産型大学生を馬鹿にしていたからというのもある。そういうことは素直に楽しんだ方が幸せな人生を送れると気づいたのはずっと大人になってからだ。

 

 

ただ、今でも会社の飲み会やランチが苦手なところを見ると、やはり5人以上の集団の中に入るのが苦手なのだと気づいた。集団心理が恐ろしいからというのもあるかもしれないが、単純に話を振られて自分に視線が集中する時に感じる居心地の悪さが苦手なのだと思う。

 

入学当初辛うじてできた数人の友人たちも、サークルに入ると遊びの予定を断られるようになった。仕方がないので語学のクラスでサークルに入ってない子たちの中に入れてもらったが、まあこの人たちの話がつまらなかった。同じクラスの〇〇くんと△△ちゃんは実はデキてるらしい、みたいなロクに顔と名前も覚えていないクラスメイトの噂話ばかりで、地方に住んでいた高校時代と変わらないようで辟易した。大学に入ったら、今まで高校の同級生には理解してもらえなかった文学や映画の話ができる友人ができると思っていたのに。

 

なんだかんだであっという間に一年が過ぎ、進級して最初は元クラスメイトとも会っていたが、徐々に顔を合わせる機会もなくなった。向こうも学外で会いたいほどの友人とは思っていなかったのだろう。

 

ひとりぼっちになると、最悪なことにぼっちなどと自虐しながらも、自分は好きで一人でいるので寂しいなんて思ってませんよという顔をするようになった。もこっちの気持ちが痛いほどわかる。

 

もちろん一人行動ができるのは素敵だと思うが、素直に寂しいと言える人間の方がよっぽど強いと知った。10代の頃の自分は、寂しいというくらいなら死んだ方がマシだと思っていた。痛々しいくらいに、自意識過剰だった。

 

高校時代は、いくら周囲に趣味を理解してもらえず、男性アイドルグループの話をする友人ばかりだったとしても、学校に行けば誰かが話しかけてくれた。でも大学は、登校してから一言も言葉を発さずに帰宅することも多い。それが毎日続くと、精神がおかしくなってくる。

 

今でこそ学問に好きなだけ没頭すればよかったと思うが、その頃の自分は受験勉強で疲弊して当分勉強はしたくなかった。大学に行く意味を見出せなくなり、単位を落として留年し、元々家族との関係がよくなかったこともあり鬱病を発症した。そこから先はドミノ倒しのように人生が上手くいかなくなった。下り坂をころげ落ちるとは、よく言ったものだ。

 

酒や薬に溺れた経験なんて話しても楽しくないので、暗黒期の話題は割愛する。就職も失敗したが、今は安定した会社に転職してなんとかやっていけている。数少ないながらあの時ほしかった映画や本の話ができる友人もいるし、大学の終わり頃にできた恋人との関係も良好だ。

 

それでも、大学一年の頃に戻れるとしたら人生やり直したいなと思う時はある。ただ、やり直したとしてもどのみち同じような人生を歩むのだろうからあまり意味がないような気もする。『四畳半神話体系』の樋口師匠の「我々の大半の苦悩は、あり得べき別の人生を夢想することから始まる」という言葉は核心をついていると思う。

 

だから恋愛における出会った場所が違えば、みたいな話は無意味だと思う。変えられない過去を顧みてもしこうだったらと考えるより、今後どう生きていくのかを考える方が建設的だ。過去は振り返らないなんてかっこいいことは言えないが、前を向いて生きていきたいと思う。

アルカホリック

嫌なことがあるとつい酒を飲みたくなってしまう。こういうところがアルコール依存症になりかけていた学生時代から、年に数回しか飲まないようになっても変わらないなと思う。

 

酒を飲むたびになぜ人はこんな不味いものを好んで飲むのだろうと思う。それなのに、酒を飲んだ時の脱力した感覚が好きで飲んでしまう。呑まれてしまう。濁流に呑まれるような感覚は快感すら覚える。こういう時に、人は宗教にはまるのかもしれない。

 

築き上げるときは時間がかかるのに、堕ちるときはいつだって一瞬だ。

 

 

いくら性格がいい人であることを諦めていても、自分の醜さみたいなものを突き付けられると自分に疲れてしまう。自分から逃げ出したくてたまらなくなる。どこに行っても自分からは逃げられないのに。

 

オフィス街で職場に向かう人たちの群れの中に交じっていると、自分は大丈夫だと思える。この人たちは行く場所があり、帰る場所がある人たちだ。自分もその中の一員なのだと安心できる。群れの中に交ざって泳ぐ魚みたいだ。

 

自分は大丈夫、と思いながら生きてないと本当に大丈夫じゃなくなりそうで怖い。一日一食も食べないくせに酒を飲みたくなった時だけは着の身着のままで外に出てきてしまう女の何が大丈夫なんだろう。もうとっくに大丈夫じゃないのかもな。春風に頬を撫でられながら、そんな風に思った。

 

最近、毎晩夢を見る。

夢の内容は思い出せないけど、夢の中で焦っていたことだけは覚えている。明日、朝目が覚めなければいいなと思うけれど、きっといつも通り覚めてしまうのだろうから、せめて嫌な夢だけは見ないといいな。

都会の喧騒と孤独

東京にはこんなに人がいるのに、孤独だなと感じる時がある。人が多いからこそ、それなのに知っている人が少ないことが、孤独をより際立たせるのかもしれない。

 

コミュニティに所属することが苦手だ。

どこかのコミュニティに所属して、そこで居心地がいいと思った経験がない。小学校の頃からずっと人間関係が上手くやれていないような気がしている。

 

唯一楽しかったのは予備校の時だった。予備校には同じ学校の子たちがたくさん通っていた。クラスでは話さない子とも、予備校ではうっすらとあるスクールカースト関係なしに仲良くなれたような気がした。放課後、結んでいた髪を解いてリップを塗り、大森靖子の曲を聴きながら予備校に行く時間が一番好きだった。

 

予備校には、特に仲良い子が3人いた。

同じ偏差値帯の大学を目指していたので、友達が自分よりいい成績をとるともっと頑張ろうと思えた。ライバルのようないい関係を築けていたと思う。

 

結局、受験の関係で彼女たちとは疎遠になってしまった。彼女たちは私の代わりに他の子を迎え入れ、新たな4人組を形成していた。卒業後も定期的に会っているらしい。インスタグラムで写真が流れてくるたびに胸が小さく疼く。

 

予備校の話が一番象徴的ではあるが、どこの集団に属してもその中で上手に立ち回れたことがない。だから大学ではサークルに入らなかった。職場の人とは深煎りしないような関係を心掛けている。

 

それでもやっぱり淋しいと思う時がある。みんなが当たり前に持っている安心できる居場所が少ないことが恥ずかしいし、不安にもなる。きっと田舎に住んだらその人間関係の濃さにうんざりするのだろうけど、田舎にいた頃が少し懐かしくもなる。そんなことを思いながら、今日も明日も人が行き交う街の中をひとりで生きていく。

憂いの春

春が嫌いになったのはいつからだろうか。

入学、卒業、入社など人生の大きなイベントがすべて終わってしまったからだろうか。尤も、社会人になる頃にはとうに人生への希望など失っていたが。

 

よく就職活動で、「5年後の自分はどうなっていたいですか」などと聞かれるがあれほど意味のない質問もないだろうと思う。5年後どころか明日のことですら本当は誰にもわからないからだ。

 

5年後の自分。このまま結婚して子供を産んで、長く伸ばした髪を切って3人分の食事を用意し、LINEのアイコンを5年前の自分が見たらダサいと吐き捨てそうな子供との写真にしているのだろうか。それとも恋人と別れ、長い髪を巻いて厚化粧をして裏垢で婚活で出会った男の愚痴をツイートしているのだろうか。

 

前者の未来は今では「贅沢」となった二十年前の普遍的な幸せだろう。ただ、前者の未来を歩んだところで生活から不平不満がなくなるわけではないのだろう。

 

後者の未来を歩んだ場合は言うまでもなく最悪だ。歳を重ねても女でいることを余儀なくされ、物件でも決めるように見定められるなんて想像しただけで気持ちが暗くなる。きっとその人生を歩んだら既婚子持ちの友人の愚痴を聞いて、「自分は孤独だけど自由だ」と言い聞かせて無理やり己を納得させる日々になるだろう。

 

春になれば卒業式で袴姿の子たちをたくさん見ることになるだろう。会社には新入社員も入ってくる。何も変わらない自分と、変わっていく下の世代。春はやっぱり憂鬱な季節だ。